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作者アーカイブ: Pax IV Hyper
ミャンマーで鳥インフルエンザ!
ミャンマーから帰国して1週間たってから、ミャンマー国内での鳥インフルエンザ発見のニュースが入ってきた。私は、豚・牛・鶏・魚と満遍なく食べていたのだが、同行者の柳沢二等兵は、わりと鶏肉ばかり摂取していた。そして、彼は旅行中から帰国後数日経つまで、風邪っぽい症状を訴えていたのである。さぁ、柳沢二等兵の運命は如何に!(つづく。。。わけはなく、彼は今はもう元気のようです。)
柳沢二等兵、日の丸に敬礼!@ミャンマー
ps.ご本人の症状報告のコメントをお待ちしております。
ネパールプロジェクト同窓会開催報告
一昨日、過去のネパールプロジェクト経験者によるネパールプロジェクト同窓会兼今回の渡航報告会を恵比寿のネパール料理屋さんで開きました。本会合には約12名の参加がありました。報告に際しては、プロジェクターにより今回の渡航の写真が上映されただけではなく、なんとネパール側のキーパーソンからのビデオレターまでもあり、とても感動的なものでした。
(ネパール料理屋クンビラ@東京・恵比寿)
気づけば4年前に開始された日本とネパールのボーイスカウト同士の交流ですが、4年前に知り合ったメンバーがいまだに連絡も取り合うし、ビデオレターの交換もするほど、長い付き合いになっております。僕個人的にもネパール側の3人くらいのメンバーとは2週間に1回くらいの割合で、Eメールもしくはメッセンジャーで連絡を取り合う中で、まさに気心の知れた仲間になっております。
ネパールの治安(マオイスト問題)が完全に回復し、今後もプロジェクトが安定的に実行され、ネパールの発展・環境保全をこれまで以上に進めたいと、強く願った会合になりました。
スピード感覚
先日、大学時代の友人が大学の指導教授に、起業に関する相談をしているところに相席をさせて頂いた。友人曰く、「起業をしたいと思っています」。指導教授曰く、「したいと思った次の日に、しなさい。少なくともシリコンバレーでは、そういったスピード感覚で物事が進んでいます」。と仰ってました。日本とアメリカのスピード感覚の違いを、はっきりと指摘されてしまい、ドキッとした。
(ミャンマー・バガンにて馬車に乗った。スローな街でした。)
そして、ボーイスカウト内部での各年代におけるスピード感覚の違い。20/30代のスピード感覚と、40/50代のスピード感覚と、60/70のスピード感覚。幸か不幸か、ボーイスカウトの意思決定機関にはこれらの年代が混在し、意思決定が行われている。そして、人数的・発言的に中心になるのが、50代以上のメンバーとなっている。そのスピード感覚で、21世紀、やっていけるのだろうか。ふと、心配になった。
そして、人のことを心配している場合ではない。我々もこれまでの任意団体から特定非営利活動法人への登記を準備中である。申請書類については大まかではあるができあがってきた。あとは、役員になるメンバー10人を集め、説明会・役員会を開き、承認を得て、神奈川県庁への申請となる。したいと思った次の日(もしくはその日)に、しなきゃ。
ウッドバッジ研修所ローバースカウト課程
先週末、ウッドバッジ研修所事前研修会に参加してきた。過去9年間ボーイスカウトにおける大学生年代の活動=ローバースカウト活動に関わってきて、最近は指導的な立場になったり、スカウトから海外派遣の指導者を求められたりと、そろそろ指導者としての「資格」が必要になってきたのである。ウッドバッジ研修所の本番自体は3泊4日のキャンプを通じた研修なのだが、その事前に日帰りで事前研修を行うことになっている。事前研修会については、通常は一人の講師に複数の受講者が付くのだが、ローバースカウト課程を志望するのが私だけだったことで、昔から顔なじみの地区のローバー担当コミッショナーに個人指導をしていただいた。
本番のウッドバッジ研修所ローバースカウト課程については、私が参加を考えていた春の「中国・四国第1期」が開設中止になったそうで、今年予定されているのは9月の愛知第10期か、10月の神奈川のだけらしい。つまり、日本全国を見渡しても、資格を持ったローバースカウトの指導者というのは、1年に10-30人ぐらいしか生まれてないのではないか、ということである。これは、まずい。こう書くと、まぁ、ローバーではなくてもボーイ課程やベンチャー課程を修了した指導者がたくさんいるから大丈夫だ、と言われそうだが、そうはいかない。ボーイやベンチャーの延長上・アナロジーでローバーを指導されても困る。そのような指導者が地区や県連の役職についてしまわれると、特に我々のような国際的、自立的な活動を行っているローバースカウトは理解されずに、各種申請等を出してもその審議に時間がかかってしまう事になる。
日本連盟では、ベンチャースカウト(高校生)とローバースカウト(大学生)を合体させるという提案も出ているようだが、少なくとも現在は独立した一部門としてのローバースカウトが存在する。したがって、できるだけ、日本全国に、ローバースカウトの指導者として勉強が出来る場所=ウッドバッジ研修所ローバースカウト課程が開かれることを望みたい。
帰国報告:ネパール準備派遣(2006年3月)
昨日、無事に5人のネパール準備派遣メンバーが帰国いたしました。以下、今回の参加者の一人である横沢君からのメールのコピーです(写真は川口君撮影)。
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(ひさしぶりの再開!)
今回の渡航の大きな目的がネパールスカウトとの次回プロジェクトに関する話し合いでした。今回、ネパール滞在中にKantipur Open Rover Crew、Ever Green Rover Crewの2つのスカウトグループのスカウトと話をする事ができました。
※kantipur Open Rover Crew,Ever Green Rover Crewは共にネパールのカトマンズ周辺で活動するユースのスカウトグループ
暫定的でありますが次回プロジェクトについての決定事項を大まかに下記に挙げます。
【第4回ネパール国際協力協同プロジェクト】
期間:2007年2月(1週間から2週間)
場所:ネパール王国(カトマンズ盆地近郊)
テーマ:ゴミ問題
この15日のミーティングでは、加えて連絡手段についても話あいました。今、事業を供に行う3つのグループ(Kantipur Open Rover Crew, Ever Green Rover Crew, PaxIVHyper)が月に1回のネットミーティングを行うという事が決り、ネパールローバーとの連絡についても円滑に行われるのではないかと感じています。
(約2年前に植樹した木々がしっかりと育っていました!)
ただ、今回のネパール渡航に関して強く感じた事が、彼ら(ネパールローバー)の規定についてでした。彼らはとても「公式」という言葉を気にしていました。メールなどの連絡も重要なことに関する事は日本ローバーとネパールローバーのダイレクトなメールよりもネパール連盟が把握する中での連絡のやり取りを望んでいます。彼らにも規定があるのですから。
故に、連盟が絡む連絡が早いタイミングで必要になるので派遣実施の6ヶ月前とは言わずに次回プロジェクトに対して早急な派遣申請に対するアクションが要求されています。 それがネパールローバーのプロジェクトに対する誠意に答える1つの大事なステップだと思っています。
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以上、まずは帰国の報告まで。
速報:ネパール準備派遣(2006年3月)
さきほど、ネパール準備派遣中の加藤君から報告がありました。以下、要点だけ、ご報告いたします。
・全員無事に、ネパールを出国し、現在はタイのバンコクに滞在中。
・ネパール滞在中にも大きな問題は無かった。
・カカニトレーニングセンターに変化があった。
・前回のネパール側プロジェクトメンバーのほぼ全員と再会できた。
・さらに最近活躍している若い世代にも会えた。
・6000m級の山の名前がmt.ベーデンパウエルになる?
・水質調査を継続的にやっていてくれてた。
・日本連盟とパックスの関係が問題(ネパール側が気にしている)。
取り急ぎ、以上です。皆様にはご心配、ご協力を頂き、ありがとうございました。
ま、帰宅するまでが遠足(笑)ですから、これからも帰国まで気をつけてもらいたいと思います。
Made in Japan
ミャンマーのバガン滞在中にお世話になった宿のご主人に、家中の家電製品を見せられたという話を先日書きました。今日はその続きです。
そのご主人、とにかく電気製品を買うときにチェックするのはそれが「made in japan」であるか、そうでないか。たとえその製品が日本メーカーが作ったものでも「made in japan」でなければ納得しない。設計や開発は日本でやることは多いのですが、製造はアジア各国で作ることが特に最近は多いので、「made in japan」が減ってきているんだよと説明はしましたが、それでもこだわりがあるようです。最後の組み立てまで、信頼すべき日本で作っていて欲しいとのこと。そこまで信頼してくれているのは、とても嬉しかったですね。
(ミャンマー、ポッパ山)
低コスト戦略により「made in japan」な電気製品が減ってきているのも事実。じゃあ、「made in japan」は電気製品に限ったことなのかと考えると、もっと仕組みづくり、プロジェクト作りなどにおいても「made in japan」な高品質なものがあってもいいんじゃないかと、考えていたわけです。設計図(ビジネスモデル?)までが同じでも、最後の組み立て・仕上げまでも丁寧に作り上げることにより、良いプロジェクトを作っていく。そんな、世界において信頼される「made in japan」なプロジェクト、作っていきたいですね。
今夏実施予定のモンゴルプロジェクトの企画・計画が開始しました。派遣参加メンバーも募集中です!興味のある方はお気軽にmongolia@rovernet.jpまでメールください!
ネパール準備派遣実施中(2006年3月)
2年ぶりに、Pax IV Hyperのメンバー5人が現在ネパールに行っております。前回はネパールの治安事情が良くないとのことで中止になっており、今回も出発直前まで注意深く情勢を見守っておりましたが、渡航予定先である首都のカトマンズとそれが含まれれる盆地(現地ではカトマンズバレーと呼んでいます)では、安全であるとの判断をし、決行しております。
(カトマンズバレー:撮影2002年)
今回は、ボーイスカウト的に言うと「組織的なプロジェクト」ではなく、「個人的な旅行」になり、身体を使った奉仕等は予定しておらず、主に現地のスカウトとのミーティング、過去のプロジェクト地の視察、その他観光という内容になっております。ネパール滞在は3/11から3/16で、その後タイのバンコクに寄って、3/20に帰国になります。
さきほど、カトマンズに到着したメンバー(横沢君)から第一報がありましたので、引用させていただきます。
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予定通り、ネパールへ入国しました。空港でかつてのプロジェクト仲間であるスーザンとマネ(二人ともネパールのスカウトです)が迎えに来てくれました。そして二人と共にフジゲストハウスへと向かい、簡単なブリーフィングを行いました。15日に予定しているスカウトミーティングについてのセッティングや12日のカカニへの訪問について話をしました。
また、彼らによると12日、13日に予定されていたマオイストによるバンダ(ストライキ)は実施中止になるという事が今日判明したそうです。よって今回のネパールの渡航に関しては治安面での懸念としていた事は大方、悪くはない状況になったと感じています。
15日のミーティングがこれからのプロジェクト展開にとって良いものになるようにしたいと思っています。15日のミーティングの内容等は帰国後におって報告書等で報告します。
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みんなが、安全第一、健康第一で帰国されることを祈っております。
ミャンマーから帰国しました(速報版)
昨日、ミャンマーから帰国いたしました。事前の予定通り、バガンとヤンゴン(首都)を訪問してきました。乾燥していたせいか、それとも同行者の柳沢氏に風邪を移されたせいか、やや喉が痛いですが、それ以外は無傷です。あ、もちろん、ミャンマーのギンギンの太陽により、二人ともこんがり焼けております。
気温は35度前後で、特に14時前後などは現地の人も含め、外では行動できないような暑さです。空気も乾燥していて、植生的には森林地域というよりかはサバンナ・砂漠っぽいので、車が通るたびに砂埃がまいあがります。しかし、遺跡はとても広い範囲にいくつも存在し、一つの寺を見に行くというのではなく、まさに遺跡群を見に行く、遺跡群と土や木により構成される環境・雰囲気を感じに行った印象です。
(バガン遺跡遠景。広大の領域に無数の遺跡が散在してます。)
(ひとつひとつの遺跡はこのくらいの大きさ・形・装飾です。)
ちなみに太郎君が出発前に教えてくれた以下の情報については、
>バガンの宿は「ゴールデンミャンマー」がおすすめです。
>安くて清潔で、吉幾三似の親切なおじさんが出迎えてくれます。
「ゴールデンミャンマー」に二泊してきましたよ。そのおじさんに僕がソニー社員であることを行ったら、家中の家電を紹介され、特にパソコンと冷蔵庫とテレビをチェックさせられました。また、この件については詳しく書きたいと思います。
Pax IV Hyper Blog: パキスタン地震救援支援報告会とホテルルワンダ(映画)を見て思ったこと
先週、会社のCSR活動の一環として行われたパキスタン地震支援報告会に参加してきました。また、一昨日にはホテルルワンダという映画を見てきました。それら二つに参加・見ながら考えていた、一つのことについて書きたいと思います。
■1、パキスタン地震支援報告会
パキスタン地震については、会社での募金呼びかけに反応して、私も小額ながら募金したという経緯がありました。そういった関係で募金先であるジャパン・プラットフォームやその構成員であるピースウィンズジャパン、日本紛争予防センターの方々が会社にまで来て活動報告をしてくださるとのことだったので、参加してきました。内容的には映像・写真・資料・口頭でのパキスタンでの地震発生直後から最近までの救援活動を紹介するといった内容でした。
■2、ホテルルワンダ
ホテルルワンダは現在上映中の映画です。1994年のルワンダでの大虐殺が舞台で、あるホテルのホテルマンが、住民を虐殺から救い、自分の経営するホテルに匿うという実話です。是非、見てみてください。お薦めします。
(バングラデシュのICDDR,B(International Centre for Diarrhoeal Disease Research, Bangladesh)にて2,3年前に撮影。これまで爽やかな写真ばかり掲載してきましたが、ありのままをお知らせしようと思い、載せました。)
パキスタンで活躍してたのは、災害直後に活動可能な軍隊や医療チーム、またルワンダで活躍してたのは悪役である民兵から民衆を守ろうとする軍隊や主人公を中心としたホテルマン。軍隊とは、武器を使用し、人を殺すための組織であり、それが良い方向にも悪い方向にも変わりうる皮肉な組織でもあると思いました。
で、やはり思ったのは、僕らボーイスカウトの可能性(もしくは日本人の可能性)なのです。こんなに可能性・潜在力を持った組織は他にはなかなかありません。くだらないちいさな問題はほっておいて、もっと重要な問題に取り組むべきですし、取り組まなければいけません。世界で、待っている人たちがいるんです。
1,2月は、私たち日本のスカウトの指導者は、加盟員登録申請(すさまじく非効率且つ面倒)を中心とした申請活動に時間をとられる時期なのです。。。。。